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サントリーホール:ヘンシェルQ連続演奏会を批判する [音楽時評]

6月15日,サントリーホール・ブルーローズ(小ホール)にヘンシェル弦楽四重奏団の4日目を聴きに行って来ました.2,3日目にに続いて3回目です.

演奏についてですが,メンバーは,
第1ヴァイオリン:クリストフ・ヘンシェル、
第2ヴァイオリン:ダニエル・ベル
ヴィオラ:モニカ・ヘンシェル
チェロ:マティアス・バイヤー=カルツホイ

プログラムは,オール・ベートーヴェンで,
弦楽四重奏曲 変ロ長調 op.18-6
弦楽四重奏曲 変ホ長調 op.74 「ハープ」
弦楽四重奏曲 イ短調 op.132  
でした.ここでも,前期,中期,後期が並んでいました.

特に後期のop.132は,かなり自由なスタイルで,5楽章構成をとっています,最終日に予定のop.131は,さらに7楽章構成ですが,そこでは,間を置かず全楽章続けて演奏されます.

間に4日リハーサル可能な日が入った4夜目も,演奏の問題点は変わりませんでした.第1ヴァイオリンの余計な音はいくらか減っていました.しかし,チェロの図太い音と音程の怪しさは全く変わりませんでした.
いったい誰が,何故,このレベルの低いヘンシェルに何を期待して,この全曲演奏会を企画したのでしょう!

第2ヴァイオリンというのは,弦楽四重奏の全体を把握できる立場にあるのですが,その人が,ヘンシェル姉弟の1員だったのに,一種の神経症に陥り,旅行に耐えられなくなって,オケに転向したあとにダニエル・ベルが入ったそうですが,結成4半世紀を迎えようとするヘンシェルのアンサンブル問題の犠牲になったのではないか,と憶測したい気持ちです.

作品18は,実際には最初の作曲が第3番でその後第1番、第2番、第5番、第6番、第4番の順だったそうです.ですから,第6番は決して初期の最後ではないのですが,第2楽章のホッとするような安らぎを感じさせる美しい旋律が聴かせました.

第10番は「ハープ」と呼ばれていますが,第1楽章で現れるピチカートがハープの音のように響くところから付けられたといいます.第2楽章では,ベートーヴェンらしい心に余裕を持った哀感が,ゆったりと表現されます.第4楽章では変奏曲が6つ現れ,高まりを見せますが,穏やかに終わります.

第15番は,作曲されたのは第12番に続いてでしたから正しくは13曲目の弦楽四重奏曲です.第12番の完成に引き続いて作曲されたエネルギーに満ちた作品ですが,後期の多楽章弦楽四重奏曲へ足を踏み入れた第1曲目で,5楽章形式となっています.
第1楽章は,静かにチェロから始まり次第に和音が重なるピアニシモで美しいハーモニーの序奏です.3夜聴いたなかで,辛うじて聴けたクァルテットならではのアンサンブルでした.

この曲の中心は,「病より癒えた者からの神への聖なる感謝」と書かれた第3楽章で,コラール風のハーモニーが続き、まさに祈りの Adagio と呼ぶに相応しい美しく深い音楽が続きます.ここでは特にヴィオラの美音が印象的でした.やがて「新しい力を感じて」のAndanteに転じて生き生きと演奏されます.
祈りと感謝の第三楽章の次に行進曲風の元気な第四楽章が入りますが,楽章の終わりに哀しみのメロディが入り,最終楽章の悲しみの歌へ移ります,悲しい旋律ですがこれはもともと交響曲第九番の最終楽章で使われる予定だったものです.そして,最終楽章の最後の2小節がフォルテシモで閉じられます.

この曲でも第1ヴァイオリンとチェロは良くありませんでした.
ヘンシェル・クァルテットが,これからどう推移するのかが気がかりです.現状維持なら,2度と聴く気になれません.

ご参考までに,Washington Post 紙の2年前の Music Review を掲載しておきます.ここでは,第1ヴァイオリンの弱点を挙げ,名手のチェロの焦燥感を指摘して,ヘンシェルQの存続に疑問を呈しています.
サントリーホールは何も調べずに麗々しく宣伝して,聴衆を欺いて,招聘したのでしょうか?

In review: Henschel Quartet

Web-only review:

 

Siblings show uncertainty in Henschel Quartet program
by Robert Battey

The Henschel Quartet, a youngish German group including three siblings, is a most peculiar ensemble. Its performance Wednesday at the Library of Congress raised a host of questions. The group has been coached by the highest-level artists, has won prizes at major international competitions, and now apparently has a viable career. But given the individual instrumental problems on display in a program of Schumann and Barber, one has to wonder what the future holds.

I have never seen a professional violinist so ill at ease on the instrument as the Henschel's leader. His vibrato sometimes sounded like an intermediate student's -- so tense and inconsistent as to be functionless. His herky-jerky bow destroyed any semblance of legato, and he could not execute a proper spiccato. From the opening notes of Schumann's First Quartet, it was impossible to tell which stresses and accents were the composer's and which resulted from technical glitches. His two siblings suffered from all of these problems, but to a lesser extent.
(read more after the jump)

The Henschel's cellist (the non-sibling) is a fine, well-schooled player, and I can't imagine the frustration he must feel. Although the group somehow plays fairly well in tune, their respective idiosyncrasies with the bow make the matching of sound and attack a futile proposition. Their rendition of Barber's famous "Adagio" was like a scene from Beckett -- empty gestures and existential musings lacking any sense of direction.

They did give a humdinger of an encore, though: a movement from a quartet by Erwin Schulhoff, sort an if-Bartok-had-been-Jewish hoedown.

-- Robert Battey

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By Anne Midgette | April 16, 2010; 6:04 AM ET

 

序でにNew York Times のMusic Review の1節を引用しておきますと,

These players — Christoph and Markus Henschel, violinists, and Monika Henschel-Schwind, violist (they are siblings), and Mathias Beyer-Karlshoj, cellist — moved easily among the four composers’ styles. But the most transfixing aspect of their performance was a hefty tone, both individually and as an ensemble. In solo passages, each produced a seductively buttery timbre, and throughout the performances Mr. Beyer-Karlshoj drew a sound so uncommonly fat that his instrument often sounded more like a double bass than a cello.  


各パートの音が濁っていたが,とりわけチェロはコントラバスのように響いたとあります.


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