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Boston Syymphony Orchestra のMusic Director探しやり直し [音楽時評]

とうとう2012~2013年シーズンも,Music Director 欠員のまま迎えることになったBoston Symphony Orchestra ですが,このシーズンには17人の指揮者が登場することが予定されており,そのなかから誰かが選ばれることが有力視されています.

Orchestra の内々の方針として,大化けを期待した小澤征爾に大化けしないまま長居された失敗に懲りて,出来れば40代以上から選ぼうとしているといわれています.

17人の内訳は次の通りです,

British conductor Bramwell Tovey  (opening)
BSO Conductor Emeritus Bernard Haitink  (Closing)
Charles Dutoit, Rafael Frühbeck de Burgos, and Daniele Gatti  3protams each
Christoph von Dohnányi  2programes
Vladimir Jurowski makes his BSO debut
Andris Nelsons makes his subscription series debut 
Stéphane Denève returns to Symphony Hall for the third consecutive season
Composer-conductorsThomas Adès
Oliver Knussen (April 12-13)
pianist-conductor Christian Zacharias 
Other returnees to the Symphony Hall include
Christoph Eschenbach
Giancarlo Guerrero
Juanjo Mena
New York Philharmonic Music Director Alan Gilbert 
BSO Assistant Conductor Marcelo Lehninger
といった蒼々たる顔ぶれです.

この中で有力視されているのが,
Vladimir Jurowski (1972年生,Music Director of the Glyndebourne Festival Opera, principal conductor of London Philharmonic Orchestra, Principal Conductor of the State Academic Symphony Orchestra of the Russian Federation)makes his BSO debut
Andris Nelsons (1978年生,Music Director of the City of Birmingham Symphony Orchestra )makes his subscription series debut
Stéphane Denève (1971年生,Chief conductor,Stuttgart Radio Symphony Orchestra) returns to Symphony Hall for the third consecutive season
の3人だと思います.

NelsonsRiccardo Chailly と共に有力視されながら,昨シーズンのスケジュールをキャンセルした人ですが,Nelsons に対しては,未だ熱い視線が残っているようです.ただ,この4月にヨーロッパで乳児の疾病を理由に公演をキャンセルしていましたから,アメリカへの移住は難しいでしょう.

Jurowskiも London Philharmonic Orchestra を振ってまでBSOに来ないでしょうし,     Denève はフランスものからどこまで独墺露にまでレパートリーの幅を広げられるか,判じがたいところです.

なお,ご参考までに,昨年春の時点で,地元紙Boston Globe が上げていた候補者は次の通りでした.そこから見ると,今秋からのTryout はかなり絞り込まれているといえそうです.

POTENTIAL REPLACEMENTS

Michael Tilson Thomas
Riccardo Chailly
Andris Nelsons
Vladimir Jurowski
Daniel Harding
Susanna Malkki
Robert Spano
Kent Nagano

なお,Tryoutには,秋の定例のCarnegie Hall 公演も含まれますから,上記のなかで, Carnegie にも名前が挙がって,昨年のようにその3人の内2人までがキャンセルしたというようなことがなければ,何とか2012~2013年シーズン中にNew Music Director が公表される可能性はあります.

 

 

The BSO's 2012-2013 Season


The BSO'S 2012-13 Season continues the Orchestra's extraordinary 132-Year Tradition of Presenting the very best of the classical music world
The Boston Symphony Orchestra's 2012-13 season, September 22-May 4, offers concertgoers an impressive array of programs featuring both familiar friends and new faces, in performances ranging from powerful, large-scale masterpieces for symphony orchestra, soloists, and chorus to distinctive works rarely performed by the BSO, as well as a conductor-less program focusing on the virtuosic individual sections of the orchestra. The BSO's 132nd season continues the BSO's proud tradition of extraordinary music-making and presenting the important composers of our time, with the new season showcasing eight of the most prominent living composers of our time.

SEVENTEEN ACCLAIMED GUEST CONDUCTORS LEAD BSO SUBSCRIPTION CONCERTS
Seventeen of the world's best conductors lead the BSO at Symphony Hall in its 2012-13 subscription season. British conductor Bramwell Tovey opens the season with concert performances of Gershwin's Porgy and Bess (Sept. 27-28). BSO Conductor Emeritus Bernard Haitink closes it with music of Brahms, Schubert, and Mahler (April 25-30 and May 2-4). In between,Charles Dutoit, Rafael Frühbeck de Burgos, and Daniele Gatti lead three programs each, and Christoph von Dohnányi leads two programs. Vladimir Jurowski makes his BSO debut leading Mendelssohn and Shostakovich (Oct. 11-13),Andris Nelsons makes his subscription series debut with music of Shostakovich and Tchaikovsky (Jan. 31-Feb. 5), andStéphane Denève returns to Symphony Hall for the third consecutive season (Nov. 29-Dec. 1). Composer-conductorsThomas Adès (Nov. 15-17) and Oliver Knussen (April 12-13) lead programs including music of their own, and pianist-conductor Christian Zacharias is showcased in music of Haydn, Mozart, and Beethoven (Nov. 23-27). Other returnees to the Symphony Hall podium include Christoph Eschenbach, Giancarlo Guerrero, and Juanjo Mena, as well as New York Philharmonic Music Director Alan Gilbert and BSO Assistant Conductor Marcelo Lehninger.


紀尾井ホール:伊藤恵ピアノ・リサイタルの好演 [音楽時評]

ザルツブルク・モーツァルテウム音楽大学ハノーファー国立音楽大学で学び,1983年第32回ミュンヘン国際コンクールピアノ部門の優勝者として,ヨーロッパでの活躍歴も豊富な伊藤恵の演奏会を聴きに,紀尾井ホールに出かけてきました.
1959年1月6日生まれといいますから,今が円熟期といえるのでしょうか.

シューマンが好きな作曲家と公言して来た人で,シューマンのピアノ作品全曲録音を完成させたことでも知られています.

近年はほぼ毎年4月29日に紀尾井ホールでのリサイタルを開いている人ですが,今年は,ブラームスと細川俊夫,それにシューベルトでした.

プログラムは,
ブラームス: 3つのノインテルメッツオ op.117
ブラームス: 4つの小品 op.119
             ※※※※※※※※
細川俊夫:  ピアノのためのエチュード1 ー2つの線ー
シューベルト:ピアノ・ソナタ第21番 変ロ長調 D960
でした.

最初の3つのインテルメッツオの第1曲は,ブラームス自身が「自分の悲しみの子守歌]と述べたといわれる曲で,その趣旨の民謡詩が楽譜に記されているそうです.慰めるような美しさを持った曲です.第2曲は,孤独感に埋められた曲,第3曲は陰鬱さを持った曲です.晩年の作品で,透明感のある和声,伊庭のリズム感で統一されています.

4つの小品はブラームス最後のピアノ作品で,クララ・シューマンに贈られた曲です.第1曲は憂鬱と官能的色合い持った曲,第2曲は孤独感溢れる曲,第3曲は軽快な曲,そして第4曲は以前に着想された曲で埋められたようで,勇壮に始まって優雅に終わります.

伊藤恵さんがたいへん丁寧に想いを込めて弾いておられたのが印象的でした.

細川俊夫は昨年のブゾーニ国際コンクールの課題曲として書かれた曲を補作してエチュード1として決定版として今日の演奏会で初演されたモノです.作曲者のノートでは,音の書道を「2つの線」,旋律ラインで描こうとしたモノと説明されている,興味深い曲です.
演奏後,細川さんがステージに上がって挨拶されていました.

シューベルトは,一昨日ブラックショウで聴いた曲ですが,伊藤さんがそこはかとなく放つ日本的情感が,シューベルト最後のピアノ・ソナタに込められた情感に溶け込んだ感じで,昨年11月の内田光子に劣らない名演だったと思います.
ただ,内田光子のように,第19~21番を纏めて弾く機会を是非作って欲しいと思いました.

演奏会は若い学生さんが半数くらいを占めながら,それでも85%位の入りではなかったでしょうか.
東京芸術大学教授と桐朋学園大学特任教授を兼任されているようですから,あるいは9連休などは避けられた方が賢明だったかも知れません.

来年も,既に,4月29日の紀尾井ホールでのリサイタルが予定されているようですから,またの好演を楽しみにしたいと思います.


サントリーホール:都響B定期インバル指揮佐藤路世(cl) [音楽時評]

4月28日,マチネーで東京都交響楽団のプロムナード・コンサートを聴きに行って来ました.指揮はエリアフ・インバル,ソリストに楽団のクラリネット首席,佐藤路世が選抜されていました.なお,コンサートマスターは四方恭子でした.

プログラムは,
ウエーバー:   歌劇「魔弾の射手」序曲 作品77
ウエーバー:   クラリネット協奏曲第2番 変ホ長調 作品74
     ※※※※※※※※
ドヴォルジャーク:交響曲第7番 ニ短調 作品70
でした.

「魔弾の射手」序曲は堂々たる演奏で,メリハリの効いた好演でした.

クラリネット協奏曲第2番は,クラリネットの名手ベールマンに捧げられ,1811年に初演された曲ですが,クラリネットが縦横に活躍する名曲で,いくつもの入賞歴を経て都響の首席に入った佐藤路世が,朗朗と吹きまくって好演していました.東京都響に「佐藤あり」を顕示したといえます.

ドヴォルジャークは,第8番ほど有名ではありませんが,チェコを支配してきたハプスブルグ家への抵抗精神の高まりを背景にして作曲されたモノです.
第1楽章では,遠雷を思わせるティンパニの響きに乗り、ヴィオラチェロによって暗い第1主題が提示されて始まります.第2主題は、フルートクラリネットが提示する穏やかなものです.木管が入れ替わりながら第1,第2主題を展開し,第1ヴァイオリンに第2主題が受け渡されます.弦と菅が次第にクライマックスを形成して第1主題が再現され,長いコーダでも,第1主題がもう一度昂揚を作って,ホルンの静かな第1主題演奏で終わります.
第2楽章は三部形式の緩徐楽章で,木管楽器が入れ替わり主題を導き,弦に受け渡されます,中間部ではホルンの奏でる愛らしい牧歌的な主題が出て、クライマックスが築かれますが,クラリネットとホルンの応答の後、木管が残り,チェロが主要主題を奏して主部が回帰します.そしてひとしきりクライマックスを築いてから静まるり、オーボエが導入句を再現し、木管が応答しながら消え入るように終わります,
第3楽章スケルツォ:ヴィヴァーチェ ― ポコ・メノ・モッソ、三部形式のスケルツォで,弦楽器が特徴的なチェコの民族舞曲フリアントのリズムを刻む中、ファゴットチェロが主題を提示します.中間部はト長調に転じて速度を落とし、明るいカノンを思わせる音楽となります.第3部はやや簡略化され,長いコーダが付けられています.ここで使われるチェコ民族舞曲の旋律とリズムの美しさは忘れがたいモノです.
第4楽章 フィナーレ:アレグロ、ニ短調、ソナタ形式.第1主題はクラリネットホルンによる主題、第2主題は、チェロによって演奏される民謡風のものです.展開部ではこれらの主題とヴァイオリンによる結尾主題が提示されます,再現部の後コーダとなり,ここでは小結尾主題を扱って盛り上げたところで第1主題の冒頭部分を力強く奏でて速度を上げ,Molto maestosoに転じて速度を緩め、変形第1主題を壮大に演奏して、全曲が閉じられます.

この日最高の出来映えだったと思います.

インバルは今回の滞在を終えますが,晩夏からはマーラー・チクルスが始まるのが今から楽しみです.

 


武蔵野文化小ホール:ブラックショウ・ピアノ・リサイタル [音楽時評]

武蔵野文化会館小ホールへ,イギリスのピアニスト,1949年生まれで60才代初期のクリスチャンブラックショウを聴きに行って来ました.

ブラックショウは10代にはオーボエを吹いていたといいますから,ピアニストとしては遅く出発したことになります.マンチェスター大学Royal Academy で学んだ後,レニングラード音楽院に学んだそうです.
いったん音楽界に登場した後,1980年代からおよそ20年間,姿を現さなかったといいますから,なかなか個性的なピアニストに違いありません.

プログラムノートに歯の浮くようなコメントが並んでいますが,上記の空白期間が既成の団子状態のピアニスト達と較べて,ある意味で新鮮さを持って受け入れられているのだと思います.2011年にはベルリンフィルと初協演したそうです.

今夜のプログラムは,
モーツアルト: ピアノ・ソナタ 第14番 ハ短調 K457
シューマン:  幻想曲 ハ長調 Op.17
          ※※※※※※※※
シューベルト: ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D.960
でした.シューベルトの作品は「遺作」と呼ばれるモノです.

モーツアルトは,もともと楽譜に細かな指定がないのですから,個性的な演奏に向いていると思いますが,このソナタはモーツアルト唯一の短調のピアノソナタなのですが,それにしては,このピアニストの明るい温色が,長調で書かれたロンド形式の美しい第2楽章(緩徐楽章:ベートーヴェンの第8番ソナタ第2楽章の旋律との関連性が指摘されている)で十分に生かされていたと思います.
第3楽章では,このピアニストが,フェルマータの休止を恣意的に長く取る傾向に気づかされました.

シューマンの「幻想曲」は,元々ベートーヴェンの記念碑を建立する資金のために書かれたもので,第1楽章(「幻想的に、情熱的に弾くこと」という指定付)の終結部に,ベートーヴェンの「遙かなる恋人に寄す」が引用されて静かに終わりますが,クララとの結婚にその父親から猛反対された絶望感が第1楽章に盛り込まれていて,冒頭のハ長調が.ハ短調に転調され,悲痛なハ短調主題が展開されています.
第2楽章は,自由なロンド形式で,行進曲風に始まり,ゆったりした部分を経て,輝かしく締めくくられています.
第3楽章は,自由なソナタ形式による静かな勝利の歌の緩徐楽章で,独特の余韻を残して終わります.この全曲を通して,フェルマータがかなり個性的に活用されていました.

シューベルトの[遺作」D.960は私がたいへん好きな曲で,昨年の内田光子の名演が記憶に焼き付いていますし,ブレンデルの名盤を良く聴いていているモノとしては,ブラックショウがイギリスの大先輩,内田光子(イギリス在住)やブレンデルの名演を聴いたことがあったのだろうかと訝しく感じました.
時に不必要に強く打鍵して音を濁らしてpp 部分とのバランスを崩していたのが残念でしたし.フェルマータの恣意的な扱いも不本意でした.

私は2日後に日本のピアニスト伊藤恵さんがこの曲を弾くのを,紀尾井ホールで聴く予定をしていますが,彼女の方が優れた演奏を聴かせてくれるモノと期待しています.

 


Quatuor Mosaïques in New York [音楽時評]

アーノンクールの Concentus Musicus Wienの団員によって結成されたピリオド楽器の弦楽四重奏団,Quatuor Mosaïques が,久し振りにニューヨークで演奏会を開いて話題になっています.

日本でも王子ホールやトッパンホールが1年おき位に数度招聘していましたが,最近は,ご無沙汰です.

現在のメンバーとそれぞれの使用楽器は,
Erich Höbarth (violin, J. Guarnerius filius Andreae, Cremona 1705)
Andrea Bischof (violin, 18th century French)
Anita Mitterer (viola, Girolamo Devirchis, Brescia 1588)
Christophe Coin (cello, C.A. Testore, Milano 1758)
です.

New York では,the 92nd Street Y で少し腰を据えて2週間の間に複数の演奏会を開いたようです.
The group has ranked among the world’s foremost string quartets since shortly after its founding in 1985, balancing period instruments and historically informed performance practice with contemporary interpretive impulses like no other.
とその評価の高さを述べています.

当夜のプログラムは,
Haydn’s Quartet in G minor (Op. 20, No. 3)
Mozart’s Quartet in B flat (K. 458, “Hunt”)
Beethoven's final Quartet No. 16 in F (Op. 135)
そして,アンコールに
the Cavatina from Beethoven’s Quartet No. 13 in B flat (Op. 130)
を演奏したといいます.

すごく聴きたいプログラムですね.

From a start in Haydn’s fundamentals Beethoven proceeded to erect mountains, wrestle demons and gaze on eternity within the sublime sprawl of his late quartets.
と簡潔にString Quartet の発展を展望しています.

あとは,どうぞご自由に,ご渉猟下さい.

 

 

Music Review

Vigorous Interpretations of Sounds Both Old and New

Quatuor Mosaïques at the 92nd Street Y

“In a mosaic each detail appears splendidly conceived,” the cellist Christophe Coin wrote in the booklet notes for a recording of string quartets by Beethoven as performed by the Quatuor Mosaïques, the sterling Austrian ensemble of which Mr. Coin is a member. “But it is the overall picture that one takes in at a single glance,” he continued, explaining that a similar process is brought to bear when a quartet weighs all the various factors that go into forming an interpretation.

The group — Mr. Coin, the violinists Erich Höbarth and Andrea Bischof, and the violist Anita Mitterer — has ranked among the world’s foremost string quartets since shortly after its founding in 1985, balancing period instruments and historically informed performance practice with contemporary interpretive impulses like no other. Yet apart from a Zankel Hall appearance in 2009, its concerts at the 92nd Street Y during the last two weeks were part of its first United States tour in more than a decade, mostly because of its members’ busy schedules as individuals.

Still, when the Quatuor Mosaïques presented its second program at the Y on Thursday evening, the group’s ingratiating sound and impeccable interpretive unity gave the sense of a unit that lives and breathes together constantly. You could hear it in the way the players deftly negotiated the asymmetrical theme, shifts between major and minor, and rash asides in the Allegro con spirito of Haydn’s Quartet in G minor (Op. 20, No. 3), which opened the concert. They avidly embraced the jerky oddness of the Menuet; Mr. Coin sounded especially soulful in the tender Poco adagio.

With works like this, Haydn transformed the string quartet from a medium of genteel diversion to one of innovation and rigorous discourse. In Mozart’s Quartet in B flat (K. 458, “Hunt”), you heard Haydn’s advances allied to a fervid young imagination, as well as a penchant for singing lines to which Mr. Höbarth’s lithe touch and lilting tone proved ideally suited.

From a start in Haydn’s fundamentals Beethoven proceeded to erect mountains, wrestle demons and gaze on eternity within the sublime sprawl of his late quartets. In his final Quartet No. 16 in F (Op. 135), he returned to Classical form with flinty concision. The Quatuor Mosaïques made the most of this mercurial work, with a ravishing Lento assai that was tantamount to secular hymnody.

Recalled for an encore, the group complied with a similarly rapt account of the Cavatina from Beethoven’s Quartet No. 13 in B flat (Op. 130).


第14回チャイコフスキー優勝者ガラ・コンサート [音楽時評]

4月23日,サントリーホールに,第14回チャイコフスキー国際コンクール優勝者ガラ・コンサートを聴きに行って来ました.今夜は,ピアノヴァイオリン,チェロの優勝者3人が,ソロを披露してくれました.ヴァイオリンとチェロにはピアノの優勝者が伴奏していました.

とにかく優勝者たちのレベルの高さ,美しい音に感心しました.私は前から「日本音楽コンクール」を国際化すべきだと主張しているのですが,今のままでは,ますますローカルのレベルに置いて行かれるでしょう.

出演者は,それぞれの部門の優勝者で,
ピアノ:    ダニール・トリフォノフ(ロシア生21歳)使用楽器はFAZIOLI
ヴァイオリン:セルゲイ・ドガージン(ロシア生23歳)1758年製グァダニーニ
チェロ:    ナレク・アフナジャリャン(アルメニア生23歳)1698年製ダヴィッド・テヒラー
でした.

プログラムは,多彩で,
ドガージン,トリフォノフで
チャイコフスキー: なつかしい土地の思い出 作品42
チャイコフスキー: ワルツ・スケルツオ ハ長調 作品34
      アンコールに,マスネの「タイスの瞑想曲」
アフナジャリャン,ドリフォノフで,いずれもチェロ用編曲による
シューマン:     幻想小曲集 作品73
ラフマニノフ:    ヴォカリーズ 作品34-14
パガニーニ:     ロッシーニのオペラ「モーゼ」の主題による変奏曲
      アンコールに,エルガー「愛の挨拶」
休憩を挟んで,トリフォノフのピアノ・ソロで
ドビュッシー:    「映像」第1集,1.「水に映る影」,2.「ラモーをたたえて」,
                      3.「動き」
ショパン:       12の練習曲 作品10全曲
               第3番に「別れの曲」,第5番「黒鍵」,第12番「革命」を含む
       アンコールに,トリオで,ドヴォルザーク:ユーモレスク
                ピアノで,J.シュトラウスII「こうもり」パラフレーズ(トリフォノフ編曲)
とまことに多彩でした.
なお,トリフォノフは,2010年ショパン国際コンクール第3位入賞者でもあります.

ただただ1人1人の技術水準の高さ,豊かな構想力,多彩な表現力,美麗な音色に感嘆しました.
ソ連邦の崩壊後の東欧の音楽レベルが画期的に上がって,20世紀を超えた21世紀の大器を輩出しているのを感じました.

とりわけ,ナレク・アフナジャリャンのチェロは21世紀の大物だと思いますし,トリフォノフの表現力,構成力にも大いなる将来性を感じました.ドガージンも素晴らしいのですが,そのレベルは日本人のチャイコフスキー優勝者でも並べられるのではないかと感じました.

なお,私は行けないのですが,3人がアンドレイ・ヤコブレフ指揮のモスクワ交響楽団と協演する演奏会が同じサントリーホールで27日に予定されていますから,ご関心の方にはお薦めします. 

 


武蔵野文化小ホール:ホジャイノフ(pf)の好演 [音楽時評]

武蔵野文化会館小ホールに,2010年Chopin International Competition の入賞者ニコライ・ホジャイノフのリサイタルを聴きに行って来ました,

このCmpetition では,本命が分からないほど混戦でしたが,マルタ・アルゲリッチの強い推薦で久し振りの女性優勝者,アブデーエワが栄冠を勝ち得た外は,トリフォノフが3位(翌年のチャイコフスキーで優勝),5位まで入賞者が出ましたが,6位は該当者なしで,しかし,入選者の中にも素晴らしい人が残って話題を集めました.
その1人,最年少で1992年生まれのニコライ・ホジャイノフが,武蔵野でのリサイタルと川崎での東京交響楽団のソリストとして来日したのです.

プログラムは,
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 作品110
ラフマニノフ:   練習曲集「音の絵」作品33より 第6曲 変ホ短調
プロコフィエフ:  ピアノ・ソナタ第7番 変ロ長調 作品83
       ※※※※※※※※
ショパン:         ボレロ ハ長調 作品19
ショパン:         バラード第2番 ヘ長調 作品38
シューベルト:   幻想曲 ハ長調 D760 「さすらい人」
でした.

先日の日経ホールでのルビャンツエフ・ピアノ・リサイタルと冒頭の2曲が似通っていましたが,演奏内容はホールの音響の良さも手伝って,ホジャイノフが断然上でした.

ベートーヴェンでは,曲想を良く理解して,着実な構想力を明快にしながら,緩ー急ー[緩・Fuga・急]の3楽章を,弱音から強音まで幅広く表現しながら,闊達に好演してくれました.

ラフマニノフも短い曲でしたが,明快な演奏でした.

プロコフィエフのソナタ第7番は,戦争ソナタと呼ばれる第6~第8番の中でも,名ピアニスト,リヒテルの好演もあってスターリン賞を受賞した傑作で,急ー緩ー急の3楽章構成に凝縮された緊迫感溢れる曲で,ロシア人ピアニストとして自家薬籠のモノとして,素晴らしい演奏を展開してくれました.
21世紀に現れた前世紀よりも一段レベルが上の若手ピアニストの1人であることを顕示してくれたと思います.

後半のショパン2曲は,ショパンCompetition で弾いた曲だったようで,いずれも見事な演奏でした.

最後のシューベルトの幻想曲は,実質は4楽章構成ですが,全楽章が続けて演奏される名曲です.その絢爛たる好演奏はまさに今夜の圧巻でした.ベートーヴェンも好演でしたが,緊張が取れて実力をフルに発揮した点で,シューベルトが勝っていました.

私はアンコールは聴かない主義なのですが,席を立ち損ねて1曲だけ聴いたのは,記憶に間違いがなければ,リストのメフィスト・ワルツだったと思いますが,奔放に実力を発揮した好演だったと思います.

先日もそうでしたが,武蔵野文化会館がこうした新世紀若手才人の演奏機会を作ってくれたことには謝意を表したいと思います.

 

 

 

 


Takács Quartet の変遷と主要ポスト [音楽時評]

世界トップクラスのString Quartet, Takács Quartet は最初はBudapest で1975年に結成されたのですが, four students at the Music Academy in Budapest,
Gábor Takács-Nagy (first violin),
Károly Schranz (second violin),
Gabor Ormai (viola), and
András Fejér (cello) formed The Takács
がOriginal members でした.

They first received international attention in 1977, winning the First Prize and the Critics' Prize at the International String Quartet Competition in Evian, France. After that the quartet won the Gold Medal at the 1979 Portsmouth and Bordeaux Competitions and First Prizes at the Budapest International String Quartet Competition in 1978 and the Bratislava Competition in 1981.

この名声を背景に,彼等は1983年にアメリカに居を移しました.そして, quartet-in-residence at the University of Colorado at Boulder の地位に就いたのです.

1993年,Gábor Takács-Nagy, first violin→British violinist Edward Dusinberre.
In 1994, Ormai, because of incurable cancer, was replaced by another British musician, violist Roger Tapping

Following these changes, the quartet embarked on a successful series of recordings: a cycle of all six Bartok quartets (dedicated to the memory of Ormai, who died in 1995) and a critically acclaimed complete Beethoven quartet cycle, as well as quartets by Smetana and Borodin.

In 2005, following the completion of the Beethoven cycle, Tapping retired. His replacement was Geraldine Walther, an American violist 

in 2005, the quartet became associate artists at the South Bank Centre, London.

そして,2012~2013シーズンから,有名なLondon のWigmore hall のassociate artists に就任する予定が公表されています.

Quartet の名称になった Takács が去り,現在のメンバーは,
Edward Dusinberre, first violin
Károly Schranz, second violin
Geraldine Walther, viola
András Fejér, cello
と出身がハンガリー2人,イギリス1人,アメリカ1人となっています.

国籍の点では,東京クァルテットの例に似ていますが,ハンガリー人2人の退任は東京クァルテットのように,目前に迫っているといえそうです.

ポストを極めたといえるTakács Quartet ですが,出来るだけ早い機会にどこかで来日の機会を設定して貰いたいと考えて,この小論を書きました.


New York Phil 定期デビューのYuja Wang [音楽時評]

若き新世代天才ピアニストYuja Wang は,これまでもNew York Philharmonic と協演してきましたが,ツアーに同行するなどでしたから,その本拠地での定期公演への出演は,今回が初めてだったそうです.
指揮者はオランダ出身で51歳のJaap van Zweden ,the music director of the Dallas Symphony Orchestra since 2008で,たいへん評判の高い人です.

プログラムは,
her signature piece: Prokofiev’s Third Piano Concerto, a formidably challenging Neo-Classical work
Mahler’s popular First Symphony
の2曲でした
. 

Ms. Wang is not above virtuosic stunts, like her hyperfast rendition of Rimsky-Korsakov’s “Flight of the Bumble Bee.” But at her best, she is a thoughtful musician with an ear for color, texture and harmony. 

After the tranquil orchestral introduction, Ms. Wang jumped into the main section of the bustling first movement, tossing off the busy passagework with brio, dispatching bursts of chords and arm-blurring octaves with ease.

There were insightful musical touches in her playing, as in the grim episode with weighty chords that leads to a contrasting playful theme. Ms. Wang punched out those chords with steely sound, while also highlighting a sly inner voice.

Her tempos over all, especially in the finale, were brisk to the point of breathlessness.
と自分流のすごく早いテンポで押し通したようです.

Mr. van Zweden provided consistent backing, but sometimes rhythmic details sounded rushed and clipped. In a performance of this work with Claudio Abbado and the Lucerne Festival Orchestra, available on a EuroArts DVD, Ms. Wang takes swift tempos, but Mr. Abbado reins her in just enough so that her playing has a little more grace and articulate rhythm. Yet Ms. Wang is a wonder. The audience stood and cheered her.  

つまり,van Zweden も精一杯にリズムに合わせていましたが,どうしてもsometimes rhythmic details sounded rushed and clipped.になってしまったそうです.
引き合いに Claudio Abbado and the Lucerne Festival Orchestra,が上げられて,Abbado は,Mr. Abbado reins her in just enough で,a little more grace and articulate rhythm. だったのに,この夜は早すぎたと示唆しています.

それでも聴衆の熱狂はたいへんなもので,スタンディング・オベーションが続いたようです.

マーラーの熱演の後には,van Zweden も,同様の聴衆からの喝采を浴びたようです.

この音楽評のタイトルが,Star Pianist Establishes the Tempo of the Night となっていることにご留意下さい.

 

 

Music Review

Star Pianist Establishes the Tempo of the Night

Philharmonic, With Jaap van Zweden Conducting Yuja Wang

If you consider how far in advance artists are booked at major American orchestras, it did not take the New York Philharmonic long to schedule the fast-rising Dutch conductor Jaap van Zweden’s debut with the orchestra , which took place on Thursday night at Avery Fisher Hall. Mr. van Zweden, an accomplished violinist who came later to conducting, is not widely known in America. Now 51, he has been thriving as the music director of the Dallas Symphony Orchestra since 2008, and he brought the orchestra to Carnegie Hall last May for an impressive program as part of the Spring for Music Festival.

Ruby Washington/The New York Times

New York Philharmonic, with the pianist Yuja Wang, in a performance conducted by Jaap van Zweden at Avery Fisher Hall on Thursday.

Mahler’s popular First Symphony was the major work he chose for his Philharmonic debut. From the dynamic, all-out performance he conducted, it seems clear that he came to town determined to make music and make an impression. He did both on Thursday. If the performance was sometimes too feisty and intense, it was certainly exciting.

But before the Mahler, Mr. van Zweden showed his ability to work with a young virtuoso. The pianist Yuja Wang made her subscription series debut with the Philharmonic in this program, having twice performed with the orchestra on the road in 2006. A technically phenomenal performer with a flair for fashion, she has become a YouTube sensation.

Ms. Wang is not above virtuosic stunts, like her hyperfast rendition of Rimsky-Korsakov’s “Flight of the Bumble Bee.” But at her best, she is a thoughtful musician with an ear for color, texture and harmony.

For this debut she played a signature piece: Prokofiev’s Third Piano Concerto, a formidably challenging Neo-Classical work. After the tranquil orchestral introduction, Ms. Wang jumped into the main section of the bustling first movement, tossing off the busy passagework with brio, dispatching bursts of chords and arm-blurring octaves with ease.

There were insightful musical touches in her playing, as in the grim episode with weighty chords that leads to a contrasting playful theme. Ms. Wang punched out those chords with steely sound, while also highlighting a sly inner voice.

Her tempos over all, especially in the finale, were brisk to the point of breathlessness. Mr. van Zweden provided consistent backing, but sometimes rhythmic details sounded rushed and clipped. In a performance of this work with Claudio Abbado and the Lucerne Festival Orchestra, available on a EuroArts DVD, Ms. Wang takes swift tempos, but Mr. Abbado reins her in just enough so that her playing has a little more grace and articulate rhythm. Yet Ms. Wang is a wonder. The audience stood and cheered her.

In the Mahler Mr. van Zweden put a higher priority on musical character and dramatic impact than on flawless execution and textured sound. In the first movement his muscular, insistent interpretation lacked the autumnal cast I associate with this music. In the second movement, a sort of hardy scherzo, Mr. van Zweden captured the heavy-footed, folk-dance spirit, though the playing was almost rigidly emphatic.

The slow movement, seemingly a funeral march, was very good, played with rustic character and just enough rawness to convey the implied parody. Mahler marks the opening of the finale “With violent movement,” and for that, the kinetic Mr. van Zweden is your man. He drew blazing playing from the orchestra, which contrasted with the dreamy beauty of the lyrical midsection.

After the rousing brassy fanfare brought the piece to an end, the audience erupted in an ovation that rivaled Ms. Wang’s, which is saying something.


NY:内田光子played Schubert's Last 3 Sonatas [音楽時評]

2011年11月7日に,サントリーホールで,シューベルトが死の年に一気に書き残したいわば遺作の3曲のピアノ・ソナタを,内田光子さんの演奏で纏めて聴いたのが,忘れがたい記憶として私の脳裏に焼き付いています.そのリサイタルは,時間を要するので,18時半から始められたモノでした.

同じ3曲を纏めた演奏会を,私はアルフレッド・ブレンデルで,ロンドンのフェスティバル・ホールで聴いた記憶がありますが,それ以来私は,この3曲は是非纏めて弾いて貰いたいと考えています.

この4月11日の水曜日の夜,New York のCarnegie Hall で,内田光子が昨年11月17日のサントリーホール公演とまったく同じプログラムで,素晴らしい演奏会を開いたことがNew York Times に論評されていましたのでご紹介します.

演奏内容如何よりも何よりも,この3曲の間には論理的関連性があって,一緒に弾かれることが望ましいと書かれていていたことを特記したいと思ったのです.

Among several major composing projects during his final months, Schubert wrote his last three piano sonatas. Working with intense focus, he completed the scores in September 1828, about six weeks before he died in delirium at 31.

He must have known that there would not be a ready market for these long, mercurial and complex works. Clearly he was driven to write them, and he conceived them as a set. Theorists have uncovered thematic links among the scores.

New York Timesのが絶賛しておりますが,私は昨年11月17日の演奏会についてのブログで,一度書いておりますので,特に訳出することは控えます.

ただ,A Composer’s Score For a Dance With Death という記事のタイトルには,深い共感を覚えます.

どうぞ,あとはご自由に,ご渉猟下さい.記事に内田光子さんの年齢がずばっと書かれていますが,なるべく早い機会に,再来日してまた名演を聴かせて欲しいと切に願うモノです.

 

 

Music Review

A Composer’s Score For a Dance With Death

Chad Batka for The New York Times

Mitsuko Uchida: The pianist performed Schubert’s last three sonatas in a concert at Carnegie Hall on Wednesday night.

In March 1828, the last year of his life, Schubert enjoyed a success with a public concert of his works in Vienna. He attracted the interest of publishers, but nothing much came of it. Before long he was again penniless and miserable. His health, which had been terrible since he contracted what was almost surely syphilis in his mid-20s, steadily deteriorated.

Among several major composing projects during his final months, Schubert wrote his last three piano sonatas. Working with intense focus, he completed the scores in September 1828, about six weeks before he died in delirium at 31.

He must have known that there would not be a ready market for these long, mercurial and complex works. Clearly he was driven to write them, and he conceived them as a set. Theorists have uncovered thematic links among the scores.

On Wednesday night the masterly pianist Mitsuko Uchida gave an overflow audience at Carnegie Hall (including some in stage seats) a rare chance to hear these last three sonatas, published after Schubert’s death, performed as a group. Ms. Uchida, who at 63 is among the most respected artists of our time, gave probing and magisterial performances.

She is renowned for the refinement of her playing. But as if to shake up preconceptions, she tore into the ominous opening of the first movement of the Sonata in C minor (D. 958), with its theme of assertive chords and scale passages that shoot across the keyboard. She played with crackling intensity and steely fortissimos.

Yet Ms. Uchida soon guided us through a mood shift to the eerily calm music of a long transitional section, where a fidgety melodic line spins out over rippling accompaniment, which she played with milky textures, letting dissonances blend into the harmonic haze. Her way with the Adagio kept you on edge: every time the tranquil theme seemed to settle into a contemplative mode, something terrifying would happen, like the pummeling triplet figures that drive the music through wayward harmonic realms.

On its surface the finale seems to be a dark, dancing tarantella, and Ms. Uchida conveyed its restless, brimming vigor. But without being a bit didactic, she brought out the crazed flights and harmonic discontinuities.

The next work, the Sonata in A (D. 959), is generally considered a noble piece and, in the scherzo, even fanciful. But hearing it in this context, and as played by Ms. Uchida, I was drawn to its dark side, which comes shortly after the stately opening theme, when a long transitional section is run through with a hammering short-long rhythmic figure.

And the Andantino, which starts like a forlorn song with a simple tune and accompaniment, evolves into an episode of wrenching torment and terror, all the more gripping here for the balance of sinew and sensitivity in Ms. Uchida’s playing.

The final Sonata in B flat (D. 960) is a work ideally suited to Ms. Uchida’s elegant artistic temperament. She brought exquisite shadings and wondrous serenity to the first movement. Yet the calm was deceptive, for just below the surface the ominous stirrings and fitful mingling of inner voices told a deeper story. And so the performance continued. You could detect the gremlins hovering over the high spirits of the scherzo and the restlessly energetic finale.

The ovation was tremendous. But Ms. Uchida played no encore. What could have followed these sonatas? In a larger sense, that truly was the question. Schubert was heading into some realm new for him, and for all of music. Just days before his death, he spoke to a friend of the “absolutely new harmonies and rhythms” running through his head.


王子ホール:ポール・ルイス(pf)シューベルトの名演 [音楽時評]

この日はトリプッてチケットが3枚になってしまい,都響B定期のインバル,ブルックナー7番を5月の都響A定期に振り替え,トッパンのクン=ウー・パイクのベートーヴェンop.111のピアノ・ソナタは譲って,やはりポール・ルイスのシューベルト・チクルスを聴きに王子ホールに行って来ました.

前にも書きましたが,1972年,イギリス・リバプール生まれで,アルフレッドブレンデルの愛弟子として知られたポール・ルイスは,師匠譲りのシューベルト演奏では様々な賞賛を受けてきました.
そのルイスが40歳を前にして,シューベルト・チクルスを始めているのです.
なお,ルイスの最新アルバムは,テナーのマーク・パドモアと組んだシューベルト三大歌曲集ということです.そういえば,ブレンデルもフィッシャー・ディスカウとの「冬の旅」の名盤を残しています.

今夜のプログラムは,オール・シューベルトで,
16のドイツ舞曲と2つのエコセーズ Op.33, D783
アレグレット ハ短調 D915
ピアノ・ソナタ 第14番 イ短調 Op.143, D784
      ※※※※※※※※
ピアノ・ソナタ 第16番 イ短調 Op.42, D845
でした.

ルイスの特質は,楽曲のフレージングで常にアクセントをハッキリさせていることにあるように思います.それがシューベルトの楽曲の基底にある「歌心」を浮かび上がらせていると思われるのです.

「16のドイツ舞曲」は,シューベルトが親しい仲間たちとの集いで,皆で踊れるように作られたダンス音楽だといわれます.いずれも短い曲ですが,そのなかにシューベルトが盛り込んだ多彩さは見事というほかありません.エコセーズ2曲はスコットランド風舞曲です.

アレグレットは親友がヴェネツィアに赴任するときに別れを惜しんで献呈した小品です.

ピアノ・ソナタ第14番は,シューベルトにとって6年ぶりのソナタですが,その間に大作「さすらい人幻想曲」が書かれたということがあり,いっそう充実したソナタになっています.
3楽章構成ですが,第1楽章では第1主題,第2主題が長調に転調して,明朗に終わります.第2楽章は温和な主題による緩徐楽章,第3楽章は最後までイ短調で締めくくられます.

ソナタ第16番は良く聴かれる曲ですが,この作品から4楽章構成を取っています.
第1楽章 Moderato イ短調 ソナタ形式.両手の斉唱で開始し,このユニゾンが楽章全体を支配します.展開部で急速な部分が出現しますが短く終わり,主題を半音下げて再現しています.第2楽章 Andante con moto ハ長調変奏曲形式で,中間に遠隔調変イ長調の変奏を入れています,第3楽章 Allegro vivace-Trio:Un poco più lento イ短調 のスケルツオです.第4楽章 Allegro vivace イ短調 は明快なロンド形式調性転調が多く不安定ですが,最後に第1楽章の動機が加速して現れ,力強い和音で終わります.

全体を通して,シューベルトの創作力の高まりを感じさせる構成で,今後のチクルスの展開がいっそうの楽しみになりました.


 

 


日経ホール:チャイコン3位→落選ルビャンツエフ(p)リサイタル [音楽時評]

4月10日,日経ホールにルビャンツエフ・ピアノリサイタルを聴きに行って来ました.昨年のチャイコフスキー国際Competition で,その前の3位から,本選落ちしてしまったピアニストです. 

チャイコフスキー国際Competition を巡っては,これまで様々な噂がありました.
パイオニアが経費負担した年の日本人ヴァイオリニスト
ヤマハがピアノをCompetition 公式ピアノにした年の日本人ピアニスト,
etc.etc......とかくの噂があったのです.

しかし,昨年は,ロシア音楽界の巨匠ゲルギエフが総監督となり,審査員のほとんどを入れ替えて,公平を期したのです.
しかし,その前の審査員にとって,半ば暗黙の了解で前回3位を次にはもっと上位にするといったあやふやな了解でもあったようで,騒ぎになって,ナント批評家賞というのを貰ったのが,今夜のルビャンツエフです.

そして,今夜のプログラムは第1次予選から第3次予選までにルビャンツエフが弾いた曲を主体に並べたモノなのだそうです.本選落ちが不合理だったと理解されたいというのでしょうか.

私は,何よりも今夜のこうした企画に反対です.何故,本選前の予選段階のピアノ曲を並べたのでしょう.本選ではオーケストラとの協演で協奏曲が演奏されて優勝者が決まったのですから,予選段階の演奏曲を並べることにどれだけの意味があるのでしょう.
何故,もっと自由にプログラミングさせなかったのでしょうか.

昨年のピアノ部門優勝者はダニール・トリフォノフ,そしてアジアの年といわれたように,2位;ソン・ヨルム、3位;チョ・ソンジンだったのです.
トリフォノフの素晴らしさについては,昨年の日本公演についてのブログに書いたとおりです.彼はコンチェルトの外にリサイタルもやったのです.

また,今月23日には,
第14回チャイコフスキー国際コンクール優勝者ガラ・コンサート
曲目
チャイコフスキー:なつかしい土地の思い出
シューマン:幻想小曲集
ラフマニノフ:ヴォカリーズ
ショパン: 12練習曲 op.10
出演 ダニール・トリフォノフ(Pf)、セルゲイ・ドガージン(Vn)、ナレク・アフナジャリャン(Vc)

4月27日(金)には,
曲目
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番 ト長調
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調
ショパン:ピアノ協奏曲第1番 ホ短調
指揮  アンドレイ・ヤコヴレフ
出演 ダニール・トリフォノフ(Pf)、セルゲイ・ドガージン(Vn)、ナレク・アフナジャリャ(Vc)
演奏  モスクワ交響楽団

と,ピアノ,ヴァイオリン,チェロの優勝者3人の室内楽&ソロ・リサイタルと協奏曲演奏会が予定されているのです.

同じ4月に,何故,本選を逸したルビャンツエフに,こうした枠を嵌めたリサイタルを開かせたのでしょう.ロシアのもめ事に日本が同調してどうするのですか.アジアの年といわれたアジア人入賞者に向かって,日本は何を言おうとするのですか.
日経ホールは,昨年2位のソン・ヨルムを,6月26日にリサイタルに招いているではありませんか.
一方で反逆児を招きながら,他方で正当な2位を認めて招待するという感覚は無神経過ぎます.

今夜のプログラムは,
ベートーヴェン/ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 作品110
ラフマニノフ/エチュード「音の絵」 作品39-7*
ショパン/ノクターン 第13番 ハ短調 作品48-1
リスト/メフィスト・ワルツ 第1番「 村の居酒屋での踊り」 S.514*
       ※※※※※※※※
スクリャービン/ピアノ・ソナタ 第5番 嬰ヘ長調 作品53*
ショパン/ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 作品58*
このうち*チャイコフスキー国際コンクール演奏曲
と余りにも多彩で無定見な並べ方でした..

驚いたのは,冒頭にベートーヴェンの晩年の傑作ピアノ曲の1つ,作品110番が演奏されたことです.これは,たいへん柔らかなピアノ・タッチで,なかなかの好演でしたが,本来なら,もっと後に弾いて欲しかったと思います.
ただ,前にも書きましたが,このホール,講演会や研修会用に使うことが考えられていて,絨毯が敷き詰められており,椅子はビロード張りが連なっているのです.従って音が吸収されやすく,残響が乏しいのです.
そのため,音が乾いて聞こえてしまい,おまけにピアノの高音部の調律が不十分だったようで,調律師が入る休憩前の曲,とりわけリストでは,高音部の響きに微妙に違和感がありました.

あと,最後のショパンのピアノ・ソナタ 第3番もなかなかの好演だったと思います.
しかし,もうひとつ注文を付けますと,この人は,1曲ごとに拍手を受けても袖に引っ込まず,直ぐ,次の曲に移ってしまうのです.つまりベートーヴェンの余韻を楽しむ余地を与えませんでしたし,いきなり別人の曲になって,聴衆が直ぐにその曲に身を委ねる余裕を与えなかったことです.それは大きなマイナスだと思います.

要望としては,確かにチャイコフスキー3位の演奏テクニック,作品解釈の実力があり,将来の伸び代も豊かに備えているのですから,本選に進めなかった巡り合わせの悪さの後を引きずらず,演奏会はきちんと自主的にプログラミングし,ステージマナーについて,もっと大家を見習うことです.

 


トッパンホール;ヘルムヘン,エーベルレ,石坂トリオ [音楽時評]

4月9日,トッパンホールに,マーティン・ヘルムヘン(pf),ヴィロニカ・エーベルレ(vn),石坂団十郎(cello)のトリオを聴きに行って来ました.

3人ともトイツ生まれのドイツ育ちで,へルムヘンは2001年クララ・ハスキル優勝歴し,世界的なオーケストラとの協演歴を重ね,NHK交響楽団にも2度招かれている期待の若手です.
エーベルレは,コンクール歴はないのですが,この人も欧米の有名オーケストラとの協演歴を重ねており,NHK響とも2度協演している期待の若手です.
石坂団十郎は,父親が日本人,母親がドイツ人で,ドイツ生まれ,2001年ミュンヘン国際,フォイアーマンCompetition に優勝し,ヨーロッパの主要オーケストラとの協演,NHK響とも協演している若手の才人です.

弦楽器は,2人とも,日本財団からストラディヴァリを貸与されており.ヴェロニカが1700年作の「ドラゴネッティ」、団十郎が1696年作の「ロード・アイレスフォード」です.

この3人がトリオを組んで来日したのですが,トリオはクァルテットと違って,3人が比較的自由に弾けば良いのですから,随時,適切な組み合わせで楽しめる組み合わせである点に特徴があります.

今回の来日が初めての3人の共演だそうで,大分,熊本,福岡,東京トッパンでトリオ出演,あと,ノリントン指揮のNHK響にベートーヴェンのトリプル協奏曲で出演予定です.

ドリオのプログラムは,
ハイドン:   ピアノ三重奏曲 ハ長調 Hob.XV-27
ブラームス:  ピアノ三重奏曲 第3番 ハ短調 Op.101
          ※※※※※※※※
シューベルト: ピアノ三重奏曲 第1番 変ロ長調 D898 Op.99
でした.

九州で既に3回同じ曲目で共演を重ねてきたのですから,全開のピアノがやや強く響いていたほかは,誠にありがとうございます.見事なトリオ演奏でした.

ハイドンは急ー緩ー急の3楽章構成で,この曲ではとりわけピアノが前面にでていましたが,それは大きくはピアノが未だ金属弦を鳴り響かせる楽器でなかった故だと思われます.弦はやや控え目でしたが,ストラディバリは誠に優美な音を響かせていました.

ブラームスでは,急ー急ー緩ー急の4楽章構成ですが,ほぼ現代楽器に近付いたピアノとの組み合わせですから,ヴァイオリンもチェロもよくバランスしていました.
急ー急ー緩ー急の4楽章構成ですが,あまり短調を感じさせない華やかさを持った曲調です.特に緩徐楽章はハ長調の明るい曲調で,3人によって美しく演奏されました.続くフィナーレも昂揚して終わりました.

シューベルトの三重奏曲は短命だった作曲者の最晩年に作曲されたと考えられ,ピアノの名曲ピアノソナタ第19番第20番第21番や名作「冬の旅」と相前後して書かれたと推定され,演奏に約40分を要する大作です.
急ー緩ースケルツオ(急)ーロンド(急)の構成です.ピアノの刻みの上に,ヴァイオリンとチェロが朗朗と歌う第1楽章から斬新さを印象づけ,第2楽章でも初めチェロ,続いてヴァイオリンが優美に歌って聴かせます.第3楽章で初めてピアノが主導していますが,終楽章ではヴァイオリンが歌い出して始まり明るさのうちに終わります.
この曲で,3人がたいへん伸びやかに共演,好演してくれました.

とにかく,これだけの若き才能が揃って,たいへん充実した三重奏曲を伸びやかに好演してくれたことが強く印象に残りました.

この3人を是非にも聴いてみたい方には,4月14,15日のNHK交響楽団との協演,ベートーヴェンの名曲,トリプル協奏曲をお薦めします.


 


東京春音楽祭:ブラームスの室内楽~堀米ゆず子と仲間たち~ [音楽時評]

4月7日,マチネーからアンコールを聴かずに移動して,辛うじて5分遅れでソワレ開演前に座席に着けました.

出演者は,
ヴァイオリン: 堀米ゆず子
ヴィオラ:    ロジャー・チェイス
ピアノ:     津田裕也
でした.
ロジャー・チェイスはロンドン生まれの名手で,ソリストとしての世界的な活躍の外,ナッシュ・アンサンブルなど室内楽活動おも活発に行っているそうです.

プログラムは,オール・ブラームスで,
ヴィオラ・ソナタ 第2番 変ホ長調 op.120-2
ヴァイオリン・ソナタ 第3番 ニ短調 op.108
      ※※※※※※※※
ホルン三重奏曲 変ホ長調 op.40(ヴィオラ版)
でした.

最初のヴィオラ・ソナタは,最初はクラリネット用に書かれた作品ですが,後に,ブラームス自身によって,ヴィオラ版への編曲が行われた作品です.チェイスは伝説の名器モンタニアーナを使っているそうです.

最初のヴィオラ・ソナタはなかなかの絶品と言って良いほどの名演でした.朗朗と響くヴィオラの麗美な音の響きに圧倒されました.

ヴァイオリン・ソナタ第3番は,ブラームス最後のヴァイオリン曲ですが,久し振りに聴く堀米ゆず子さんの名演にうっとりする程でした.

最後のホルンをヴィオラに持ち替えたホルン三重奏曲は,ブラームスもこの持ち替えを認めていたといわれます.そもそも柔らかな音響のナチュラル・ホルンのために書かれたモノですから,ヴィオラの持ち替えに異存はなくて当然だと思われました.
事実,チエイスの美しい音量十分なヴィオラ三重奏は,緩ー急ー緩ー急の4楽章構成の曲をたいへん伸びやかに好演してくれました.
アンコールに,この三重奏曲の第2楽章が再演されましたから,ややゆったりした中間部を含むテンポの早い楽章が,印象に残りました.

堀米ゆず子さんが構成して実現した室内楽と思いますが,来年も又,素晴らしい構成の室内楽演奏会を期待したいモノです.

 

 


東京春音楽祭;N響メンバーによる弦楽四重奏 [音楽時評]

4月7日,マチネーで,東京音楽祭の一環として国立科学博物館日本館講堂で開かれた「N響メンバーによる弦楽四重奏~オール・ベートーヴェン・プログラム~を聴きに行って来ました.

近年,毎年楽しみにして行っているコンサートですが,今日は残念ながらあまり楽しめませんでした.
チェロが,これまでになく,高音弦と低温弦で音色が変わり,とりわけ,低弦を含む重音が濁ってしまい,弦楽四重奏のアンサンブルを損なっていたからです.音響は強く響いていましたから,もう少し,音量を絞った方が良かったのではないでしょうか.

メンバーは,
第1ヴァイオリン:山口裕之 N響コンサートマスターで第2ヴァイオリンの首席
第2ヴァイオリン:宇根京子
ヴィオラ:     飛澤浩人 次席
チェロ:       藤村俊介 次席
で,前は次席代行だった人が,次席に昇格していました.

プログラムは,オール・ベートーヴェンで,
弦楽四重奏曲 第5番 イ長調 op.18-5
弦楽四重奏曲 第11番 ヘ短調 op.95
     ※※※※※※※※
弦楽四重奏曲 第14番 嬰ハ短調 op.131
でした.

先日,同じ東京春音楽祭で,東京文化会館小ホールでアミーチ弦楽四重奏団が,やはりオール・ベートーヴェン・プログラムで前期,中期,後期を聴かせてくれましたが,今回も前期,中期,後期から各1曲でした.有名曲ばかりですから内容には立ち入りません.

演奏内容ですが,アミーチは第1ヴァオリンの荒さが気になったのですが,今日は,いつも4つの楽器の音が聞こえてくるという意味では従来通り良かったのですが,チェロが楽器を変えたのかどうか知りませんが,低弦の音色が高弦と異質になっていて,とりわけ重音で加わるとアンバランスになり,アンサンブルを損なっていました.

チェロの音が相対的に大きく鳴りすぎていましたから,来年春には,少し抑制することを期待したいと思います.
山口さん,宇根さん,飛澤さんは,たいへんよくバランスしていたと思われますから,チェロの音の濁りとアンバランスがすごく残念でした.

 

 

 


Esa-Pekka Salonen Conducts Juilliard Orchestra [音楽時評]

When Esa-Pekka Salonen was the music director of the Los Angeles Philharmonic, New Yorkers heard him in concert mostly when he toured the East Coast with his orchestra. Toward the end of his tenure there, and after he gave up the post in 2009, he turned up more frequently as a guest conductor.

と,Esa-Pekka Salonenは,New York をたびたび訪れていたのですが,もっと作曲に時間を割きたいということで.特に,because he prefers to spend his time composing now (and profitably: he won the $100,000 Grawemeyer Award for his Violin Concerto this year), he seldom visits.作曲で十分な報酬を得られるため,彼は滅多にNew York に現れなくなっていたのですが,そのSalonen がJuilliard Orchestraを指揮して,1時間の無料コンサートをやるというので,長い行列が出来たそうです.

しかし,they are here mainly for pedagogical purposes and only secondarily for the listeners. だったので,多くは入れなかったようです.

曲は2曲だけで,Sibelius’s “Pohjola’s Daughter” and Beethoven’s Seventh Symphonyだったそうですが,his decision to focus on only two works paid important dividends.
と集中して好演したようです.

Sibelius では,Mr. Salonen’s picturesque, often tumultuous account, with its electrifying accelerandos, carefully sculpted woodwind lines and polished but hefty brass playing, captured the score’s heroic qualities and made its wrenching conclusion palpable. You could almost believe that the Juilliard players had this music in their blood, as Mr. Salonen, who is Finnish, clearly does. And Hirotaka Matsuo, the principal cellist, was particularly striking in the score’s prominent solo passages
と日本人チェリストHirotaka Matsuo の好演を含めて絶賛されています.

Beethoven の交響曲第7番についても,The Beethoven was equally gripping, an essay in opulent string sound, singing woodwinds and punchy, precision brass figures, all molded into a grand, furious explosion of early Romanticism. Mr. Salonen’s dynamic manipulations — shifts from forte to a whispered pianissimo, on repeats, for example — may have seemed momentarily extreme, but they gave the music a clear narrative shape. And you could not have wanted the Presto or the finale to be either speedier or more perfectly balanced, a difficult combination to achieve but one that Mr. Salonen and these players made to seem easy.
と,とにかく素晴らしい演奏会だったようです.

Salonen は日本にも,近年は,キャンセルを含めて,ほとんど来ていませんが,出来れば機会を作ってぜひ来て欲しいモノです.

 

 

Music Review

An Infrequent Visitor With Students in Tow

Esa-Pekka Salonen Conducts Juilliard Orchestra at Tully Hall

Ruby Washington/The New York Times

Juilliard Orchestra Esa-Pekka Salonen conducting the ensemble at Alice Tully Hall on Tuesday in a program of Sibelius’s “Pohjola’s Daughter” and Beethoven’s Seventh Symphony.

When Esa-Pekka Salonen was the music director of the Los Angeles Philharmonic, New Yorkers heard him in concert mostly when he toured the East Coast with his orchestra. Toward the end of his tenure there, and after he gave up the post in 2009, he turned up more frequently as a guest conductor.

But because he prefers to spend his time composing now (and profitably: he won the $100,000 Grawemeyer Award for his Violin Concerto this year), he seldom visits. His only New York appearance this season was on Tuesday evening, when he led the Juilliard Orchestra in an hourlong concert at Alice Tully Hall.

You could hardly complain about the brevity of the performance. For one thing the tickets were free, and a long line of prospective listeners snaked down 65th Street hoping to get a ticket. But though the conductors who work with the Juilliard School’s fine student ensembles often attract big audiences, they are here mainly for pedagogical purposes and only secondarily for the listeners. Judging from the high-energy performances of Sibelius’s “Pohjola’s Daughter” and Beethoven’s Seventh Symphony that Mr. Salonen drew from these young players, his decision to focus on only two works paid important dividends.

The Sibelius, a dramatic 1906 tone poem based on a story from the “Kalevala,” Finland’s national epic, is scored in lustrous, if sometimes ominous hues and demands a thoroughly fluid approach to tempo. It describes an episode in the voyage of the sage Vainamoinen, in which he becomes smitten with Pohjola’s daughter but loses her when he fails, despite his own supernatural powers, to accomplish the tasks she sets for him.

Mr. Salonen’s picturesque, often tumultuous account, with its electrifying accelerandos, carefully sculpted woodwind lines and polished but hefty brass playing, captured the score’s heroic qualities and made its wrenching conclusion palpable. You could almost believe that the Juilliard players had this music in their blood, as Mr. Salonen, who is Finnish, clearly does. And Hirotaka Matsuo, the principal cellist, was particularly striking in the score’s prominent solo passages.

The Beethoven was equally gripping, an essay in opulent string sound, singing woodwinds and punchy, precision brass figures, all molded into a grand, furious explosion of early Romanticism. Mr. Salonen’s dynamic manipulations — shifts from forte to a whispered pianissimo, on repeats, for example — may have seemed momentarily extreme, but they gave the music a clear narrative shape. And you could not have wanted the Presto or the finale to be either speedier or more perfectly balanced, a difficult combination to achieve but one that Mr. Salonen and these players made to seem easy.

 


Emerson String Quartet がBeethoven op.130&133 [音楽時評]

Beethoven は,String Quartet op.130 を,最初は,終楽章に“Grosse Fuge” を置いていたのですが,その長大さが受け入れられず,平板な Finale を書いて置換したのでした.

しかし,この現代音楽に通ずる“Grosse Fuge”を後にop.133として独立させたばかりか,同じ曲のピアノDuo版を書いて,ピアノ作品最後のop.134 としたのです.

有名なEmerson String Quartet が,Alice Tally Hallでの演奏会で,プログラム前半にop.130 の終楽章だけを演奏し,後半に,op.130+133 の形で,オリジナルなop.130を演奏したそうです.

演奏会では,
Mozart’s Adagio and Fugue in C minor (K. 546).
Mozart’s String Quartet in B flat (K. 589, “Prussian”)
Beethoven’s well-behaved alternate finale to Opus 130
      ※※※※※※※※
Beethoven's op.130 with Grosse Fuge
の形で演奏されたそうです.

Stravinsky, a fan of the “Grosse Fuge,” described it as an “absolutely contemporary piece of music that will be contemporary forever.と賞賛していたといわれます.

The sharp edges of the fugue are preceded by the haunting Cavatina, one of the most beautiful movements in the chamber repertory, performed here with heartfelt poise and expressive commitment.

と評しているように,室内楽のレパートリーの中で,最も美しい楽章といわれる”Cavatina”が前に置かれることで,その夜の演奏会は素晴らしかったと高評しています.

 

Music Review

String Quartet Classics With Alternative Endings

Emerson String Quartet at Alice Tully Hall

Like a rebellious teenager told to get a more conservative haircut, Beethoven was asked to replace the “Grosse Fuge,” the spiky final movement to his String Quartet in B flat (Op. 130), with something less radical. He grumbled but eventually agreed, substituting an easygoing finale for the original, whose cacophonous thickets had disturbed 19th-century listeners.

The “Grosse Fuge” was later published separately as Opus 133. Some contemporary ensembles perform the quartet with the original, while others use the sunny substitute. At its concert on Wednesday evening at Alice Tully Hall, the Emerson String Quartet offered both: playing the alternate ending by itself in the first half of the program and the “Grosse Fuge” with the Opus 130 quartet after intermission.

The concert, the second in a series of three exploring the late quartets of Mozart and Beethoven, opened with Mozart’s Adagio and Fugue in C minor (K. 546). Mozart, who studied Bach’s contrapuntal techniques, wrote arrangements of some of his fugues for Sunday afternoon gatherings at the Vienna home of Baron Gottfried van Swieten, a diplomat and musical connoisseur. Mozart also composed a few original fugues, like the somber K. 546, which received a soulful and suitably dark-hued rendition here.

Next came Mozart’s String Quartet in B flat (K. 589, “Prussian”), given a polished but not particularly involving interpretation, which lacked the essential warmth inherent in such a genial work. The lighthearted mood continued with Beethoven’s well-behaved alternate finale to Opus 130, a Haydnesque piece as gracious and airy as the “Grosse Fuge” is dense and severe.

Stravinsky, a fan of the “Grosse Fuge,” described it as an “absolutely contemporary piece of music that will be contemporary forever.” Even on repeated hearings, its angular edges and jarring counterpoint still sound revolutionary, as they did in the Emerson’s vigorous rendition.

The sharp edges of the fugue are preceded by the haunting Cavatina, one of the most beautiful movements in the chamber repertory, performed here with heartfelt poise and expressive commitment.


武蔵野文化小ホール:ヴィットマン(vn)の個性的名演 [音楽時評]

4月2日,武蔵野文化会館小ホールに,カロリン・ヴィットマンの無伴奏ヴァイオリンリサイタルを聴きに行って来ました.

最初に書いてしまいますと,ヴィットマンは希に見るヴァイオリンの名手で,今夜のリサイタルは素晴らしい名演奏でした.
武蔵野文化会館の聴衆への貢献は,時々,日本では無名でも欧米では高く評価されている人を発掘して聴く機会を提供してくれることです.今夜がまさにそうでした.念のために付言しますと,今夜は久し振りに,プログラムの4枚目に,簡潔な曲目概要が掲載されていました.

ヨーロッパ屈指の名手,ロンドン交響楽団、ケヴァントハウス管弦楽団、フランス国立管と協演,ザルツブルグ音楽祭、ルツェルン音楽祭など世界の音楽祭に次々出演,ドイツ音楽伝統の正当なる継承者・・・・・等の賛辞が紹介文に並んでいますが,1976 in München生まれで,ケルンで学び,さらにボストン,ロンドンで学んだ人です,シャリーノの音楽を英語でヴィオリンを弾きながら解説してくれましたが,英語は誠に堪能でした.

Beyond her work as a soloist, Carolin Widmann has been a professor for violin on the faculty of the Felix Mendelssohn-Bartholdy conservatory in Leipzig since October of 2006. She also holds the artistic direction of Germany's oldest chamber music festival, the Sommerliche Musiktage Hitzacker.と紹介されています.

プログラムは,
バルトーク:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ Sz117
シャリーノ:ヴァイオリンのための 6 つのカプリチオ
     ※※※※※※※※
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番 ニ短調 BWV1004
でした.

前半は,ステージ上に譜面台を3つ並べて,その3つに広げられる譜面を持参してのステージでした.念のためにいいますと後半は暗譜演奏でした.

この人は完璧なテクニックの持ち主で,同時に,極めて個性的で美しく音楽を表現する才人でした.使用楽器は,Carolin Widmann plays a G.B. Guadagnini violin from 1782 とあるのですが,このガダニーニがまたすごく音量豊かで美音でしたから,そのppからff の音域が広くて,それだけ表現力が素晴らしく豊かでしたし,超絶技巧を駆使しても,音が常に美しく響いて,まったく濁ることがありませんでした.

バルトークの無伴奏ソナタは,作曲者がアメリカに亡命して,メニューインの善意の依頼で書かれたモノですが,ヴァイオリンを十分には理解していなかったことから,却って大胆な作曲になっており,新しいヴァイオリンの可能性を生み出した作品です.
Ⅰ.Tempo di ciacccona,Ⅱ.Fuga,Ⅲ.Melodia, Ⅳ.Presto の4楽章構成ですが,実に変化に富んだ名作を,緊張感を漲らせて,美麗な音で名演してくれました.私にとっては,この作品を聴いた中の最高の演奏でした.

シャリーノは,個性的な演奏技法を生み出すのが得意な現代作曲家ですが,ヴィットマンは現代作品に強い関心を寄せており,この超絶技巧を要する難曲6つのカプリッチョを,こともなげに完璧に弾きこなして聴かせてくれました.時に左手だけで継続音を出したり,弓を上下ではなく横に激しく動かして音を出すといった難曲を,完璧に,しかも美しく聴かせてくれました.

バッハの無伴奏バイオリン・パルティータ第2番はたいへん有名なシャコンヌが終曲に含まれる作品で,Ⅰ.allemande,Ⅱ.Courante,Ⅲ.Sarabennde,Ⅳ.Giga,Ⅴ.Ciaconna, の構成ですが,ここではきわめてオーソドックスに,端正に,有名なシャコンヌの入り方も,持って回ることなく,かなり早めのテンポであっさりと入って,しかもこれぞドイツのバッハといった素敵な演奏に終始しました.
なお,各楽曲間で,30秒ほどの間を取っていたのが強く印象に残りました.

まったく素晴らしい名演でしたから,ぜひまた来日して名演を聴かせて欲しいモノです.

 


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